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南方熊楠 - ミシンガン州立農学校:ウィスキーで泥酔、退学 -

南方熊楠のアメリカ時代のエピソード。現在のミシガン州立大学図書館 ■1886年10月、 アメリカ留学の決まった熊楠は、和歌山松寿亭で杉村広太郎(のち楚人冠(そじんかん)と号した有名な新聞記者)ら友人たちと別離の会を開き、神戸から横浜に向かい、東京での渡航準備や紀州出身の学友達と留別送の会を催し、1886年(明治19)12月22日、 横浜からシティ・オブ・ペキン号(3,120トン)に乗船して、渡米の途についた...

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南方熊楠 - 神社合祀反対運動で泥酔して抗議=>投獄=>粘菌発見!-

熊楠、神社合祀反対運動でのエピソード。■1906年(明治39)の終りごろから、第一次西園寺内閣は神社合祀を全国に励行し、次の桂内閣もこれを引き継いだ。これは、各集落毎に数々ある神社を合祀して、一町村一神社を標準とせよというもので、和歌山県はとくに強制威圧的に推進しようとした。  町村の集落ごとに祀られている神社は、住民の融和、 慰安や信仰の拠)りどころであり、史跡と古伝の滅亡させるもので、また、そこ...

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南方熊楠 - 柳田國男と泥酔して面会。 講演会では都々逸、百面相!-

南方熊楠は、大酒豪家としても知られる。東大予備門時代から大酒飲みで、留学先のミシガン州農学校は酒が原因で退学、ロンドンでもビールを浴びるほど飲んでいた。親交の深かった孫文・柳田國男と酒を酌み交わした逸話や、酒にまつわる数々のエピソードも残されている。今回は、和歌山県 田辺定住時代のハチャメチャな酒にまつわるエピソードを紹介する。ちなみに熊楠は、清酒世界一統の創業者である南方弥兵衛(のちに弥右衛門に...

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南方熊楠 - 胆力・酒量無限大、生涯ネンキン生活、歩く博物館 -

数年前(2013年2月13日)に長年の念願であった和歌山県の白浜にある南方熊楠記念館を訪れた。初めて熊楠を知ったのはかれこれ20年以上前になるだろうか。。。最初の出会いは、水木しげる先生の伝記マンガだったか、ジャンプに連載されていた「てんぎゃん」だったか、はたまたテレビ番組だったかは忘れたが、その時の強烈な印象は今も忘れない。東京大学を退学、アメリカに渡ったあとイギリスの大英博物館で働いたが、けんかして首...

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